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zoom RSS 2022年W杯開催地,日本落選

<<   作成日時 : 2010/12/03 20:45   >>

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 昨夜は,次回と次々回のW杯開催国の結果を見てから眠ろうと思っていたのですが,眠さには勝てず力尽きてしまいました。(苦笑)


 FIFAは2日,SwitzerlandのZurichで理事会を開き,22人の理事の投票で2018,22年のW杯2大会の開催地を決め,22年大会は招致を目指した日本が落選,中東初の開催地としてQatarが決定しました。日本は初の単独開催を逃したことになります。残念。
 また,18年大会には旧ソ連,東欧で初開催となるRussiaが選ばれました。Russiaは14年Sochi冬季五輪に続いてのビッグイベントとなります。

 FIFAの理事22人による投票は,いずれかの候補地が過半数を獲得するまで,最下位を除外していく方式で行われました。
 2022年大会の招致に成功したQatarは2桁の票を集め続け,18年大会を開くRussiaも1回目で9票,2回目で過半数の13票に達する「完勝」。ともに,しっかり支持を固めていた事実が明確になりました。
 Qatarは1回目で過半数に迫る11票。その後も10票,11票とトップを譲らず,USAとの決選投票は,先に敗退した日本や韓国などAsia票も上積みして14−8で制しました。
 1回目の落選を免れたとはいえ,日本は最初の3票が2回目に2票に減って落選。2票のうち1票は日本協会の小倉純二会長。日本は最先端技術を導入した「次世代W杯」を掲げましたが,FIFAの理事に訴えが浸透せず,02年大会を韓国と共催したばかりというマイナス要素を最後まで覆せず,また,事前の票固めに失敗し,招致演説も得票に結び付かなかった形になります。
 4〜5票を維持した韓国も3回目で敗退。Australiaは賄賂疑惑で資格停止となったOFC(サッカーオセアニア連盟)選出理事の1票を失ったとはいえ,1回目1票では勝ち目はありませんね。
 敗れた日本招致委員会の小倉純二委員長(日本サッカー協会会長)は,今後も招致に取り組むかどうかについて「ファンの期待があれば手を挙げる態勢を整えたい。意見を聞きたい。」と慎重に検討する意向を示したようです。因みにFIFAの規定で,日本等Asia勢が次に立候補できるのは34年大会となるとのこと。34年こそ,日本単独開催を!!(その割には,中国が26年大会に立候補するという記事も見ましたが・・・。)

 欧州勢が争った18年大会は,Russiaの他にEngland,いずれも共催のNetherlands & Belgium,Spain & Portugalが招致を目指しましたが,Russiaが予想以上の強さを見せました。
 Spain & Portugalが3票を持つ南米の支持も得て7票を集めましたが,2回目は上積みできませんでした。有力候補とみられたEnglandは自国理事も含めて2票と屈辱的な初回落選。FIFA理事の不正疑惑をおとり取材で報じた英メディアが心証を悪くしたのは明白ですね,これは。

 投票数の詳細は次のとおり

■2018年投票
【1回目】
 Russia 9
 Spain & Portugal 7
 Netherlands & Belgium 4
 England 2 (落選)
【2回目】
 Russia 13(決定)
 Spain & Portugal 7
 Netherlands & Belgium 2

■2022年投票:
【1回目】
 Qatar 11
 韓国 4
 日本 3
 USA 3
 Australia 1 (落選)
【2回目】
 Qatar 10
 韓国 5
 USA 5
 日本 2 (落選)
【3回目】
 Qatar 11
 USA 6
 韓国 5 (落選)
【4回目】
 Qatar 14(決定)
 USA 8

 大会期間中の夏の暑さが厳しいQatarは,太陽光発電によるスタジアムの冷却装置という世界初のアイデアで勝負したそうです。既に稼働しているスタジアムがあるにもかかわらず,FIFA視察団には懸念され,総合的なリスクは「高」となっていましたが,やはり「中東初」という開催の意義が大きかったのかもしれません。(AustraliaはAFCに移籍したから,Oceania初という事にはならないと判断されたんでしょうね。)
 また,Qatarの国土面積は秋田県より狭く,すべてのスタジアムが地下鉄で行ける距離にあるそうなので,移動をそんなに気にせず,ほぼ1カ所に滞在できるということは選手にとっては利点かもしれません。
 とはいえ,QatarはAsia予選を勝ち抜いてW杯に出場したこともありません。まずはこの壁を乗り越える必要がありますね。(第1回と第1回に不参加だったItalyが開催した第2回を除くと,開催国出場枠での出場が初出場というのはW杯史上皆無。)

 開催意義という観点から言えば,Russiaは「旧共産圏初」という意義が大きかったのかもしれません。世界最大の国土に600万人超とされるサッカー人口を持つRussiaは,2014年にはSochi冬季五輪も開催します。大規模な国際スポーツ大会を契機として,新たなマーケットを開拓できるという魅力をFIFAは考えたかもしれません。
 また,開催候補都市は国土の西側が大半とはいえ,国内に時差が最大9時間(今年の3月までは11時間)あるほど広大です。高速鉄道はわずか6候補都市しか繋いでいないため,長距離移動を航空機に頼らざるを得ないので,そのリスクが懸念されます。
 また,13のスタジアムを新設する予定だそうです。
 RussiaはW杯本大会での1次リーグ突破は一度もなく,最近2大会は欧州予選で敗退しています。(08年欧州選手権ではベスト4入りしましたが。)次のBrazil大会はどうでしょうか?

 さて,日本の落選理由となった2002年の日韓W杯。勿論この時の日本代表を率いていたのがフィリップ・トルシエ氏ですが,当時,彼がフル代表と一緒に指揮を執っていたのがU−20代表とオリンピック代表でした。
 そのオリンピック代表のエースとして活躍したFW平瀬智行選手(仙台)が今季限りで現役を引退することを発表しました。
 左手首骨折で出遅れた今季は11試合無得点にとどまり,腰痛や右足首痛も隠してのプレーに限界を感じていた模様です。
 平瀬選手は,鹿児島実3年の時に高校選手権で優勝し,96年にFW柳沢(京都→?)らと鹿島入り。横浜FM,神戸,仙台をを経て2008年から仙台でプレー。J1は通算180試合出場で32得点,J2では108試合出場で22得点。
 99年,トルシエ監督率いるU−22日本代表のエースとして,Sydney五輪予選で17得点。日本の予選史上最多で,全世界を通じた予選得点王にも輝きました。
 翌00年の本大会では,MF中田英選手や中村俊輔選手等と共に1968年Mexico五輪以来32年ぶりの8強に進出。
 同年,鹿島で史上初のリーグ,ナビスコ杯,天皇杯の3冠を達成し,A代表(キャップ数2)にも選ばれました。NHK紅白歌合戦への招待や,ハウス食品「バーモントカレー」のCM等で人気者になったことも懐かしいですね。
 04年に移籍した神戸では股関節痛に悩まされ,07年に戦力外通告。引退して解説者に転身予定だったそうですが,同じく元鹿島の仙台手倉森監督に引き留められたとのこと。仙台ではジーコの練習法など鹿島時代の経験を伝授。08年にチームのFW最多となる11得点(38試合)をマークし,09年に7季ぶりのJ1昇格に貢献していました。
 今回の平瀬選手の引退や柳沢選手の戦力外通告等,鹿島3冠を支えた選手達の嬉しくないニュースを聞くと淋しくなってきてしまいますねぇ。

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