今日は海外の遺跡に関するネタです

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 今日,仕事中に分厚いチューブファイル(8センチ厚)が崩れてきて,もろに私の胸(心臓部分)に当たりました。非常に痛かったです。でも,痛かっただけで他には特にありませんでした。よかった,よかった。

 この度,IsraelにあるHebrew大学の考古学チームが,新約聖書に登場する古代Judea王国のヘロデ大王の墓を発見したと発表しました。
 発表によれば,発見場所はJerusalemの南方約10kmにあるヘロデ王宮跡の近く。棺は石灰岩でできており,銅製の装飾が施されていたそうです。棺は損傷が激しく,人骨も見つかっていないそうですが,チームのネツェル教授は,発見場所や装飾などからヘロデ王のものと判断したとのこと。王宮跡は1970年代に発見され,同チームが周辺の発掘を進めていたそうです。
 でも,人骨も見付かってないのに,状況証拠だけでヘロデ大王の墓だと断定するなんて,まるで日本における古墳群(例:伝仁徳天皇陵)と同じですね。(苦笑)

 ヘロデ大王といえば,古代Palestineの王(在位 紀元前37~4年)で,古代Romeの支持を受けて王位につき,専制政治を行った王です。なんといってもヘロデ大王の名を不朽のものとしたのは,Solomon王を超える規模で行ったJerusalem神殿の大改築。紀元前20年,完全改築に近い形で大拡張されました(通称:ヘロデ神殿)。この神殿はユダヤ戦争(66~70年)においてユダヤ人が立てこもったため,紀元70年のRome帝国軍の攻撃によって破壊されました。現在「嘆きの壁(写真)」と呼ばれる部分は,このヘロデ神殿を取り巻いていた外壁の西側の部分であり,ユダヤ人は「西の壁」と呼んでいます。この部分を含め,外壁はその基礎部分がほぼすべて残されています。いつか訪ねてみたいところの一つですね。
 さて,ヘロデ大王ですが,新約聖書のマタイによる福音書では,Bethlehemで誕生した新たな王(救世主,Jesus Christ)の誕生を恐れた彼が,2歳以下の男児を皆殺しにする(幼児虐殺)ように命じた人物として描かれています。このため,Christと両親がEgyptに避難したという記事があるそうですが,歴史的な裏づけはありません。ただし,この描写が福音書が作成された時代のヘロデに対する一般的な認識を反映している可能性はありますので,一概に間違いだとは言えないと思いますが。

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