あの日から1年
今日で,いや,これを書いているうちに日付が替わってしまったので,昨日で東日本大震災から1年が経ちました。・・・,何か書こうとは思うのですが,なかなか文字にすることができません。
先程から,書いては消し,書いては消しを繰り返し,なかなかうまくまとまりません。
思い返してみれば,職場は大きな被害を被ったものの,自宅の方は多少の被害はあったものの,大きくはありませんでした。
自宅が水戸だったからか,電気も水も復旧は早く,県内の他の市町村に比べれば恵まれていました。
そんな私が,未だにいろいろな意味で苦しまれている方々が多くいらっしゃるにも係わらず,何かを書いたとしても意味がないような気がして来ました。
とはいえ,折角項立てしましたので,1年前のあの日のことを少し書こうと思います。 あの日,直接の上司は休みを取っていたあの日,以前から地震に敏感な私が最初に揺れを感じました。
何日か前にも東北で大きな地震があり,その日も職場で揺れを感じた際にTVを付けて確認をしました。既にTVでは地震の情報を出していたので,結構離れた場所で大きな地震があったんだなと思ったことを思い出し,今回もすぐさまTVを付けました。
TVを付けた途端,どーんと大きな揺れ。観葉植物の鉢が倒れたり,机の上のものが雪崩を起こしたりしました。
揺れがある程度収まった頃,避難経路の確保と確認をしようとしたとき,吹き抜けの下の廊下に大きな石がゴロゴロしているのに気がつきました。誰が持ち込んだんだと思いつつ見上げてみれば,吹き抜けの天井のトップライト周辺コンクリートにヒビが入り,それが破片となって落ちていたことに気がつきました。
揺れが完全に収まった後,直属ではない上司と一緒に,施設内にいる全ての人を駐車場に避難させ,施設内の見回りをしました。
その後,職場は直ぐ裏が急傾斜の高台にあるため,崖がどうなっているかを確認するために傾斜地の方へ。
直接崖自体をのぞき込むことは危険と判断したのですが,多分端から確認していこうと思ったと思われますが,職場で一番古い建物の近くへ。
色々とテンパっていたんでしょう。既にこの建物は被害を被っていたにもかかわらずその建物の裏手へ。崖を見渡せる場所に立って崖の確認をしようとしたとき,今度は茨城県沖を震源とする震度6強の揺れに襲われました。
バランスを崩したので,とっさに手すりに手を伸ばしたその時,その直前まで私が立っていた辺りに建物のガレキが一気に崩れてきました。本当に,スローモーションのように見えたことが思い出されます。
もし,逆の方向に支えを求めていたらと思うと,1年たった今でも背筋が凍る思いです。
やはり,書いている内に,自分のことだけ書くのも変な気がしてきましたので,この辺で終わりにしようとお思います。
最後に,この未曾有の大震災で亡くなられた皆様に哀悼の意を表しますと共に,被災地の1日でも早い復興を祈念してこの稿を閉じたいと思います。
P.S.
今日(昨日)は我が家の周辺では落雷の影響と思われる停電が1分以上ありました。以前から用意していたものの仕舞い込まれていたランタンは,あの日から直ぐ手が届くところに置いてありました。
お陰で復旧までの短い時間とはいえ,眠る前だった子供達に明かりを与えることができたのは良かったかなと思いました。
先程から,書いては消し,書いては消しを繰り返し,なかなかうまくまとまりません。
思い返してみれば,職場は大きな被害を被ったものの,自宅の方は多少の被害はあったものの,大きくはありませんでした。
自宅が水戸だったからか,電気も水も復旧は早く,県内の他の市町村に比べれば恵まれていました。
そんな私が,未だにいろいろな意味で苦しまれている方々が多くいらっしゃるにも係わらず,何かを書いたとしても意味がないような気がして来ました。
とはいえ,折角項立てしましたので,1年前のあの日のことを少し書こうと思います。 あの日,直接の上司は休みを取っていたあの日,以前から地震に敏感な私が最初に揺れを感じました。
何日か前にも東北で大きな地震があり,その日も職場で揺れを感じた際にTVを付けて確認をしました。既にTVでは地震の情報を出していたので,結構離れた場所で大きな地震があったんだなと思ったことを思い出し,今回もすぐさまTVを付けました。
TVを付けた途端,どーんと大きな揺れ。観葉植物の鉢が倒れたり,机の上のものが雪崩を起こしたりしました。
揺れがある程度収まった頃,避難経路の確保と確認をしようとしたとき,吹き抜けの下の廊下に大きな石がゴロゴロしているのに気がつきました。誰が持ち込んだんだと思いつつ見上げてみれば,吹き抜けの天井のトップライト周辺コンクリートにヒビが入り,それが破片となって落ちていたことに気がつきました。
揺れが完全に収まった後,直属ではない上司と一緒に,施設内にいる全ての人を駐車場に避難させ,施設内の見回りをしました。
その後,職場は直ぐ裏が急傾斜の高台にあるため,崖がどうなっているかを確認するために傾斜地の方へ。
直接崖自体をのぞき込むことは危険と判断したのですが,多分端から確認していこうと思ったと思われますが,職場で一番古い建物の近くへ。
色々とテンパっていたんでしょう。既にこの建物は被害を被っていたにもかかわらずその建物の裏手へ。崖を見渡せる場所に立って崖の確認をしようとしたとき,今度は茨城県沖を震源とする震度6強の揺れに襲われました。
バランスを崩したので,とっさに手すりに手を伸ばしたその時,その直前まで私が立っていた辺りに建物のガレキが一気に崩れてきました。本当に,スローモーションのように見えたことが思い出されます。
もし,逆の方向に支えを求めていたらと思うと,1年たった今でも背筋が凍る思いです。
やはり,書いている内に,自分のことだけ書くのも変な気がしてきましたので,この辺で終わりにしようとお思います。
最後に,この未曾有の大震災で亡くなられた皆様に哀悼の意を表しますと共に,被災地の1日でも早い復興を祈念してこの稿を閉じたいと思います。
P.S.
今日(昨日)は我が家の周辺では落雷の影響と思われる停電が1分以上ありました。以前から用意していたものの仕舞い込まれていたランタンは,あの日から直ぐ手が届くところに置いてありました。
お陰で復旧までの短い時間とはいえ,眠る前だった子供達に明かりを与えることができたのは良かったかなと思いました。
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